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東京地方裁判所 平成5年(ワ)8092号 判決

原告

野上博昭

野上節子

被告

井上照男

訴訟代理人弁護士

石井文雄

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

原告らと被告との間の別紙物件目録記載の建物の賃貸借契約における賃料が平成四年九月一日以降一か月一四万円であることを確認する。

第二事案の概要

本件は、建物賃貸人である原告らからの賃料増額請求の事案である。

一争いのない事実

1  被告は、別紙物件目録記載の建物の前所有者である井上富美から右建物を賃借して居住していたところ、原告らは平成元年七月二六日、井上富美から右建物を買い受け(原告野上博昭の持分一〇分の七、原告野上節子の持分一〇分の三)、賃貸人の地位を承継した。

2  本件建物の賃料は、訴訟上の和解により平成三年九月一日以降月額六万円に改定されて現在に至っている。

3  原告らは、被告に対し、平成四年九月一二日、同月一日以降の賃料を月額一四万円に増額する旨の意思表示をした。

二争点

原告らは、固定資産税その他の公租公課の増加、近隣の建物賃料との対比等に照らし、月額一四万円が相当賃料額であると主張し、被告は、本件建物の老朽化、従前の賃料改定の経過等に照らし、月額六万円が相当賃料額であると主張する。

第三争点に対する判断

一証拠(〈書証番号略〉、原告野上博昭本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件建物の近隣における建物賃料額をみると、本件建物の東側に接する建物の一階部分(21.41平方メートル)の平成三年四月分以降の賃料が月額一四万円、本件建物の西側に隣接する建物の二階部分(二三平方メートル)の平成四年一二月分以降の賃料月額が一三万五〇〇〇円、同建物の一階部分(二三平方メートル)の同年八月分以降の賃料月額が一四万円である。もっとも、右近隣建物の賃借人はいずれも会社であって、これらの建物を事務所又は店舗として営業のため使用しているものである。

2  本件建物の敷地の固定資産税は、平成三年の前後を通じ毎年増加している。

3  従前における本件建物の賃料月額の推移をみると、一万八〇〇〇円から二万円、次いで二万八〇〇〇円に増額された後、昭和六二年ころ三万円に増額され、その後原告らが本件建物の所有権を取得してからは、平成元年九月一日以降四万円に、平成三年九月一日以降六万円にそれぞれ増額されて(これは、同年一〇月九日に成立した訴訟上の和解によるものである。)現在に至っている。

4  被告は、先代を含め昭和一八年ころから約五〇年間にわたり継続して本件建物を賃借し、これを住居として使用してきており、原告らは、本件建物に賃借人がいることを知った上で、本件建物を買い受けたものである。

5  本件建物は、昭和六年ころに建築され、既に六〇年以上経過して老朽化した建物であり、その固定資産評価額も八万五五〇〇円にすぎない。

二そこで、右認定事実に基づき、本件建物の現行賃料額が相当性を欠くに至ったか否かを検討する。

1 まず、本件建物(一、二階合計で44.88平方メートル)の賃料額が、床面積の上では約二分の一にすぎない近隣建物の賃料額と比較した場合著しく低廉であることは、右一1の事実から明らかである。しかしながら、これら近隣建物がいずれも会社により営業のため使用されているのに対し、本件建物は個人の住居として使用されてきているもので、また、両者が当初の契約締結の時期の点で類似性を有することも窺われない。このように、賃借人及び使用目的、契約の時期等の諸事情を異にすることにより相当賃料額の算定根拠が異なるのは当然のことであって、これらの相違を無視し、右各近隣建物の賃料額との単純な比較に基づいて本件建物の賃料額の適否を論ずることは相当でないというべきである。

2  次に、本件建物の敷地の固定資産税については、本件全証拠によっても具体的な増加の程度が明らかでない上(なお、最近において地価が下落傾向にあることは、公知の事実である。)、敷地の公租の増額を地上建物の賃借人がどの程度負担すべきかについても問題があるから、右増加が直ちに本件建物の賃料を増額すべき理由となるものではない(本件建物自体の固定資産税増額の事実は認められない。)。

3 本件建物の賃貸借関係は、被告の先代を含め約五〇年間に及んでいるのであり、このように長年にわたって当事者間の合意により形成されてきた賃料額及びその形成過程は、将来における賃料改定に当たっても十分考慮されるべきものであり、原告らとしても、賃借人の存在を知った上でこれを買い受けたのであるから、従前の賃料額の形成過程を尊重すべきものである。ところで、最近における本件建物の賃料月額の推移をみると、昭和六二年ころ以降が三万円、平成元年九月分以降が四万円、平成三年九月分以降が六万円と、原告らが本件建物を取得する直前と比較すると、三、四年の間に倍額になっているのみならず、原告らが本件において増額を求めている時期は、前回の増額の時期からわずか一年経過後にすぎないのであって、賃料上昇の程度が従前に比べて甚だしくなっていることが認められる。

4 右3の点に加えて、本件建物が老朽化してきていることをも考え合わせると、前記近隣建物の賃料額に比較して本件建物の賃料額が低廉であるからといって、現時点において改定を要するほど本件建物の賃料額が相当性を欠くに至っているとまでは認め難い。よって、賃料増額事由の存在は認められない。

(裁判官石井寛明)

別紙物件目録

一 所在 千代田区神田淡路町一丁目七番地木造瓦葺弐階建西側

二 家屋番号 同町六七番参

三 種類 居宅

四 構造 木造瓦葺弐階建て

五 床面積

壱階 24.39平方メートル

弐階 20.49平方メートル

合計 44.88平方メートル

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